これは聞き捨てなりません
これは聞き捨てなりません
6.24から市の内外を騒がせている事件は、7.15以降、市民にとっても難しい判断をせまられる段階に入ってきたと言えます。そんな折り、7.29に弁護団が明らかにした事実には市民の一人として驚かされました。取り調べの初日に、川向うの県警の取調官が発したという罵声のことです。
郷原信郎が斬る 7.30の記事(下記参照)
逮捕後に、相当荒っぽい取り調べが行われているだろうとは想像していましたが、まさかそんな言葉まで浴びせられていたとは。
いくら捜査のためとはいえ、いくら密室のなかとはいえ、公務員の職務上の発言としてこんな発言が許されるものでしょうか。市長ひとりにとどまらず、美濃加茂市民全体を侮辱する発言として長く記憶にとどめられるべき発言です。
これに関して思うことがあります。
一つ目に、なぜマスコミはこのことを報道しないのか、またはできないのか。
私の知る限り、このことを伝えたマスコミはひとつもありません。詳しくはわかりませんが、よく言われるように「司法記者クラブ」というものの存在が自主規制として働いているのでしょうか。今後もスムーズに情報をもらうため、捜査機関との良好な関係を保っておきたいとする姿勢がこうした情報を抹殺させている理由なのでしょう。
二つ目に、市長は「なぜ、それ程までに強い意志で獄中での戦い続けることができるか、その原動力となっているのは何なのか」と尋ねた弁護人に、7.29になって初めてこの事実を明かしたこと。
私がもし同じ立場なら、弁護士に最初に接見したときにそのことを訴えただろうと思いました。なぜ逮捕後1月以上もこのことを胸にしまっておいたのか。はらわたが煮えくりかえるほどの無念さと悔しさがこみあげてきただろうに、口に出すことを自制してきたのは、それをこれからの戦いのエネルギーに変えるためではなかったかと思うのです。そこに市長の覚悟の強さを見る気がしました。
残念ながらこの国の司法や社会はいったん疑いをかけられた者にとって厳しい方向に動いていく傾向にあります。「正義」を標榜するマスコミも決して公平な伝え方をしてくれるわけではありません。こうなってしまった以上は、市長ひとりの問題ではなく、美濃加茂市民自身に投げかけられた課題として、この国の司法がどんなことになっているのか、ひとりひとりが冷静な判断力をもって考え、行動すべき段階に入ってきたように思います。