伊深まちづくり協議会は、住みよく、うるおいのあるまちづくりをめざし、住民主体の活動を組織化、支援しています。

正眼寺

正眼寺 

正眼寺

正眼寺



 「伊深といえば正眼寺」と言われるほど有名なお寺で、山号を妙法山正眼寺と称し、禅宗の一派である臨済宗妙心寺派の専門道場、妙心寺の奥の院とも呼ばれます。
 境内は杉や銀杏、しだれざくら、サルスベリなどの大木・古木に囲まれ、修行の場にふさわしい静謐な空間に包まれています。特に春の桜、初夏の公開講座、秋の開山忌、紅葉の時期には訪れる人が多くなります。

 開山(かいさん=仏教用語で創始者のこと)は関山慧玄(かんざんえげん=地元伊深では「えげんさん」と呼ぶ)とされていますが、これは仏教界で師への尊崇の念をこめて実際の創始者でなく師を開山とする「勧請開山(かんじょうかいさん)」と呼ばれる扱いで、えげんさんが伊深の地へ悟後の修行に来られていたのは1330~1338年の間、僧太極唯一が正眼寺の前身である初祖山円成寺を建てたのはそれから約330年あとの1660年であることから、正眼寺とえげんさんの関係にはこうした事情があることを理解する必要があります。

 江戸時代の末期、雪潭(せったん)和尚の代に正眼僧堂(現在本堂の東にある修行場)が作られ、以後、妙心寺派の修行僧(=雲水うんすい)が全国から集まる厳しい修行の寺として知られるようになりました。あまりの厳しさに「天下の鬼叢林(おにそうりん)」と呼ばれることもありました。叢林とは禅寺のことを指します。

 毎年、10月12日は開山であるえげんさんの法要=開山忌(かいさんき)が行われます。昭和40年代ころまでは小学校も昼から休みとなり、参道にはういろう、綿菓子、金魚すくい、おもちゃなどの露店が何十店も並び、近隣から集まった多くの参拝者がひしめき合う一大行事でしたが、今は露店も少なくなり静かな行事となりました。

 昭和の時代、後にプロ野球9連覇を成し遂げた巨人の川上哲治氏が梶浦逸外(かじうらいつがい)老師のもとへ約20年間も参禅を続けられたほか、星野仙一氏ほか多くの著名人が訪れたことでも有名になりました。

 現在のご住職(地元では老師様と呼ぶ)は山川宗玄老師で、各地での講演やNHKテレビ『こころの時代』出演などを通じて、『禅のこころ』を身近なことばで伝える活動を続けておられます。

●正眼寺に関する略年表
 元徳2(1330)年~暦応元(1338)年  関山慧玄 伊深の地で悟後の修行
 寛永元(1624)年  江戸陽岳寺の僧、錐翁慧勤(すいおうえきん) 慧玄修行の遺跡に草庵を結ぶ
 万治3(1660)年  僧、太極唯一 佐藤家を檀家として初祖山円成寺を創建
 寛文9(1669)年  現在の妙法山正眼寺に改称
 寛文11(1671)年  塔頭のひとつ徳光庵が完成
 寛文12(1672)年  塔頭 見桃庵、大亀庵、不二庵が完成し四つの塔頭が完成
 弘化4(1847)年  雪潭和尚 正眼僧堂を開創
 明治34(1901)年  本堂・開山堂・庫裡などが改築落成
 
●関山慧玄(かんざん えげん)について
 鎌倉時代末期から南北朝時代の臨済宗の僧(建治3(1277)年-正平15(1361)年)で信濃国高井郡の生まれとされます。鎌倉建長寺、京都大徳寺などで修業ののち、嘉暦4(1329)年に大燈国師のもとで悟りを開き「関山(かんざん)」の号を与えられました。このとき「慧眼」から「慧玄(えげん)」と改名。その後、後醍醐天皇に法を説くなどしていましたが、元徳2(1330)年から伊深にて身分を隠し、村人の手助けをしながら修行を続けていました。これは禅宗の世界で「悟後の修行=聖胎長養(しょうたいちょうよう)」と言われ、いったん悟りを得た者が更に悟りを深めるための修行であったのです。
 一方、後醍醐天皇に皇位を譲った花園上皇は禅宗への信仰が厚く、死期の近づいた大燈国師に、「こののち私は誰を師と仰げばよいのか」と問われたところ、「関山慧玄をおいてほかにありません」と推挙されたため、上皇は当時行方の知れなかった慧玄を手を尽くして探し出し、さっそく京へ上るよう勅使を遣わされました。慧玄は初め固辞していましたが上皇の勅命とあって断り切れず、暦応元(1338)年、伊深の地をあとにして京へ上り、のちに妙心寺の開山となりました。

えげんさん

 それまで、伊深では慧玄がそれほど偉いお坊さんだとはつゆ知らず、「えげんさ」「えげん坊」などと呼び、田畑を耕す仕事や町へのお使いを気軽に頼んでいました。えげんさんも嫌な顔ひとつせず気安く引き受けていたのです。
 いよいよ京へ上るというとき、村人たちはこれまでの非礼をわび、送って行こうとするのですが、えげんさんは『おきゃれ おきゃれ』と言って帰るよう促しました。更に「せめて関(今の関市)まで」という村人たちに『ここは関や』と言って遮りました。その場所が今の伊深の西部にある関也の地名として残っています。最後、伊深から西隣の加治田へ渡る橋まで来たとき、村人とともに送りに来た牛たちが涙を流し、そこに生えていた笹の葉先を枯らしたことから「別れの涙笹」と呼ばれ、今に伝わっています。
 えげんさんが伊深で過ごしたのは足かけ9年間に過ぎませんでしたが、今日まで700年近くの長きにわたって親しまれ、毎年の市民運動会では「えげん坊」の歌や踊りまで皆で演じられるということは、それほどにえげんさんが伊深の住民にとって身近な存在であることの証しにほかなりません。
 なお、「無相大師」とも称されますが、これははるか後になって、明治天皇から贈られた諡号(しごう:おくりな)であり、生前にこう呼ばれていたわけではありません。

●正眼寺境内の主な建物・遺跡等(本堂・庫裡等は除く)
 勅使巌(ちょくしいわ): 花園上皇の命を受けてえげんさんを探しに来られた勅使が座禅岩で修業中のえげんさんを見つけたとされる岩。参道を一段上った右手、放生池の手前にある大きな岩がこれにあたります。
 放生池(ほうしょういけ): 参道を一段上がった最後の右手にある池。特に紅葉の時期はこの辺りが美しく、訪れる人の目を楽しませてくれます。
 秀文義校跡地(しゅうぶんぎこうあとち): 参道を二段上がり、右へ曲がるところの左の木立のなかにあります
 芥見段(あくたみだん): 雪潭和尚の代、芥見村(現岐阜市芥見)では、日照りが続き、雨乞い祈祷を正眼寺に依頼したところ、願いが叶ってたちまち降雨となり、田畑が潤ったとのこと。村人は感謝し、そのお礼に芥見から川石を運び、石段を作り寄進したところから名づけられたもので、雪潭坂とも呼ばれます。山門直下の自然石で組まれた石段がこれにあたります。
 毒草窟(どくそうくつ): 明治34年の改築まで本堂であった建物で、現在は本堂西側に残されています。
 しだれざくら: 本堂前にあるヤマザクラの一品種で「正眼寺のしだれざくら」として市の天然記念物に指定されています。
   ・昭和46年指定、推定樹齢300年(指定当時)、
 観音像前庭(かんのんぞうぜんてい): 毒草窟の西側にある石庭で、モダンな庭園造りで知られる日本庭園史の研究家・重森三玲(しげもり みれい)氏によって昭和43(1968)年に作庭されました。岐阜県で三玲の作品が見られるのはここだけだそうです。
僧堂(そうどう): 弘化4(1847)年に雪潭和尚が開創した僧堂。本堂右の大銀杏の横にあります。修行僧が座禅を組む場所です。
了心庵(りょうしんあん): 佐藤家第二代吉次は正眼寺(円成寺)伽藍の建築にあたり敷地や用材など多くの寄進を行い、没後、遺言で本堂西の裏山に霊屋、庫裡、宝蔵を建てさせました。了心庵は庫裡に当たりますが、霊屋とともにその造作は堅牢端整で村の農民が多数動員されたため、この負担が伊深義民の原因のひとつになったとされています。
座禅岩(ざぜんいわ): えげんさんが日夜座禅を組んで修行された岩で正眼寺の裏山にあります。

 ※印は修行域にあるため、入ることはできません。

【お願い】
 この正眼寺は前述のとおり「修行」が目的の寺であるため、参拝の際には静かにお詣りください。参道西の駐車場に車を止めて階段を登るか、正眼短大側から来られた場合は本堂西側の車止めに止めて静かにお詣りください。拝観料は不要です。

【標柱】
 標柱は市道沿いの寺標の横と、少し北へ入った常夜灯横の2か所に設置してあります。

絵本えげんさん

■伊深まちづくり協議会では「えげんさん」の伊深でのくらしをまとめた絵本『えげんさん』(500円)を発行・販売しています。
・出典:「いぶかの民話」
・文: 渡辺 寛
・絵・デザイン 渡辺 崇
・題字: 山川宗玄(正眼寺住職)
▶ お問い合わせ・お申込みは伊深連絡所(📞0574-29-1395)まで。

〔参照記事〕
1 中外日報社「正眼寺開山無相大師六百五十年遠諱特集(2005.9.29)」
2 玄侑宗久「『没蹤跡』という生き方」(2009.10.24)


しだれざくら 紅葉
▲しだれざくら              ▲山門付近の紅葉

紅葉 紅葉
▲放生池付近の紅葉            ▲大イチョウの紅葉

冬景 冬景
▲冬景                  ▲冬景

冬景
▲冬景(百日紅)

放生池と勅使巌 芥見段
▲放生池(左)と勅使巌(右)       ▲芥見段

毒草窟 前庭
▲毒草窟                 ▲観音像前庭

※ 伊深の他の名所・旧跡は ≫ こちら へ

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